ネパール その1


滞在費用:30日で30000円くらい(ビザ、トレッキング代含む)

英語通じる ビザ必要(30日ビザで40ドル)

1食70円前後 チャイ7円くらい

宿は200円から500円くらい

ネパールは1日のうち、8時間しか電気がこない。

 

ネパールの首都カトマンズ

 

カンボジアからバンコクにバスで戻り、ネパールの首都カトマンズへ!

とその前に色々と不安があった。

 

まず僕の航空券にはどの空港から出発か書いてなかった。

 

バンコクとしか書いてない。

そのことには出国前に気づいていたので調べて行く。

しかし調べた内容の空港名と、バンコクの地図に乗っている空港の名前が違う。

なんてこった。

 

もし空港を間違えたら航空券をもう一度取り直すことに。

手数料1万円をとられてしまう。そんな事態は避けたい。

 

町の人や旅行会社の人に、バンコクの国際空港はどこ?って聞くと

ここしかないぞってスワンナムプームっていう空港名を言われる。

 

バンコクのカオサンストリートからもスワンナムプーム空港までの

送迎バスしか出てなさそう。ってことはバンコクには

スワンナムプーム空港しか無いのか。

不安いっぱいながらも、空港行きのバスチケットを購入。

 

もう一つ大きな不安が。

リコンファームっていうめんどくさい制度。

 

利用する航空会社に搭乗する72時間前までに、乗りますって連絡をする制度。

連絡せずやとキャンセルされることもあるらしい。。

 

航空会社への電話の仕方も、英語も操れないので、リコンファームなしで空港へ突撃。

 

二大不安要素を抱えつつ、早朝にバスが出発するカオサンストリートへ。

朝の5時というのに、人がまばらに歩き、道ばたで酔いつぶれる人たち。

 

シャッターの閉まった店の前にはギター弾き、客がいなくなり談笑するマッサージ屋

カオサンストリートよ、さようなら。

 

バスに揺られて40分、空港に到着。

フライトの掲示板を恐る恐る見ると、カトマンズ行きのフライトが!

空港は間違ってなかった。

次はリコンファームの壁。

チェックイン可能になってからカウンターへ。

 

パスポートとEチケットを差し出すと、四角い機械から搭乗券が!!

小さくガッツポーズした。

カウンターの人はわけがわからんかったはず。

安堵のせいか、急にクタクタに。

喜びと安堵の涙をうっすらと浮かべる。。

 

午前10時に出発。3時間半のフライト。

 

カトマンズの町が見え始めて、着陸までの山々の景色が素晴らしかった!

ネパールはほんまに山の国。ちょっと着陸が怖かった。

カトマンズの空港は小さい。

 

赤色のレンガの建物で、日本のちょっと大きめのJRの駅くらいの規模。

ここで入国審査と一緒にビザも取れる、と聞いてたけどあんな簡単な審査で

ええんやろか?と思える程度の審査で入国。

 

玄関口のインフォメーションに地図をもらい安宿街はどこ?と聞くと

おれの知ってる宿にしな!と言うから値段を聞くと10ドル。高すぎる。

 

その半額で泊まれるってのは、旅をしてると感覚でわかってきてたので

断る、しかしそいつもしつこい!

とはいえ彼も必死。

 

その必死さがその宿の胡散臭さを完璧に仕上げて行く。

このインフォメーション、空港内にあるんやで結構オフィシャルな感じやのに

勧誘するんかーバリバリの日本語だった。

 

空港を出てみてもびっくり!

客引きの数と怒声がすごい。

20人以上の客引きがこっちを向いて

こっちこっち!安い!どこ行く?って畳み掛けてくる。

有名人になったみたい。

 

その中でもタフなハートを持った男が、無視を続けるおれの隣をがっちりキープ。

10分くらい無視してんのについてくる。。

ボクはユーが気にいった、日本大好きね、宿までただで案内するよ、と 。

 

あまりにしつこいので、さっさとバスに乗り込む。

 

そのバスの中で、安宿街はタメル地区ってとこにあるとわかる。

客引き以外のネパール人とこの時、初めて話したけど皆親切!

車内でネパール語でのありがとう、さよなら、こんにちわを教えてもらった

仲良くなったビソーって同年代の青年にいたっては、タメルまで案内してくれた。

 

ありがとうビソー、いい人。

 

その日は移動の疲れもあって500円の宿にチェックインして昼寝。

なんとか着いたよ、カトマンズ。

 

 

怒り!

 

昼寝から起きると夜。

部屋は真っ暗。

電気をつけても明るくならず…なんで?と思いつつロビーへ。

 

そしたら宿の家族が1本のローソクを囲み、食事中。

なんと微笑ましい光景か。

皆、ぼくに微笑んでくれる。

 

この時点でもうネパールを好き。

夜飯のピザ屋さんの主人も、どうだおれのピザは?と聴いてくる。

レンジでチンしただけやないか。(たぶん)

でも素敵よ、その自信。

 

その日は電気つかず、シャワーも水で浴びれず就寝。

 

翌日の朝、ロビーに行くと日本人が宿泊したって情報を嗅ぎ付けた客引きが2人。

彼らは日本で働いてたらしく、日本語うめし。

彼ら曰く、ネパールは1日16時間停電。

なので夜はローソクで過ごすのだそうだ。

 

その日はインドビザを、インド大使館にもらいにいくことに。

インド大使館前の前には現地人の行列がわんさか。

 

しかも道路に面してるので車、バイクのクラクションがうるさい!

こんなとこで1日並ぶのはイヤんと思い、ビザは旅行代理店にまかせることに。

 

インド大使館でとるより3倍の値段するけど、それでも3000円。

シンハルツアーって旅行代理店で交渉、1週間パスポートを預けるのは

少し不安やったけど、3日ほどやりとりしてギリ信用できそうなので託す。

 

このシンハルツアーのおっさんの口癖は「地球の歩き方にこの店を乗せたい…」

ビックドリーマー。

 

用事を終えた後はカトマンズを散策!

これがおもろい。

 

小さな町で、人もおおらか、物価も安いし、小さな雑貨屋も見てて楽しい。

ネパール料理も悪くない。

 

チョウメンという焼きそば、ダルバートっていうカレーっぽいのは

50円くらいで食べれる。なかなかうまい。

どの店もボロいけど雰囲気良い。

食後のチャイなんてゲロウマ。

 

さらに日本人観光客が多いらしく、日本料理店もけっこうある。

しかもちょびっと美味い!なす炒め定食、お好み焼きなど有り。

 

そうやって浮かれて散歩すると迷子になる。

 

カトマンズの町は迷路っぽくて覚えるのに時間がかかる。

散策初日やのに遠くまで行き過ぎた。

 

しかも夜になりかけとったで困る、まぁなんとかなるかと

地図を広げて宿を目指してたら、色黒兄ちゃんがどうした?と。

 

この宿に行きたいと言うと案内するよと。

二人でカタコトの英語で、会話をしながら宿を目指す。

そしたら彼がモモというネパールのシュウマイを食いにいこうって言い出す。

ぼくもオッケー行くよと。

 

エレベストモモって店に入って、ぼこぼこの銀の皿にシューマイみたいなのが

8個乗って出てくる。味はまぁまぁ。

 

いざ会計って時に、彼は自分の分を払う素振りが全くない。

ふむ、宿までの案内としてモモを奢れということかなー?と思いつつ

それにしても奢ってもらって当然みたいな雰囲気がなぁ。。

 

割り勘しようと言うと、金持ってないと言う。

財布の中身も見せてきて10円しか入ってない。

モモは40円。10円しか持ってないのに店入ったの?太てぇ野郎である。

  

自分の分のお金払って、金ないもんねという押し問答は口論に発展。

 

店の従業員も見物しはじめる。

別に40円くらい別に良いんだけど、

そんなことよりも、なんとな〜くなめられている感じが非常に腹立たしい!

 

もうこいつを放っておいて店出ようかと思ったけど、そんな勇気は無く

渋々、彼の代金も払うハメに。

 

そいつにしてやられたなと思いつつ、怒って夜道を歩いてたらまた迷子!

困ったと唸ってたらまた彼が通りかかりやがる!

 

仕方ないからまた道を聞く!教えてもらう!一応感謝の気持ちで別れ際に手を振る!

奴はおれのバイバイを無視!もうカッチンきたけど怒りのやり場なし!

宿に着く!闇夜にローソク!

 

すこし和みました。

 

 

愛しいぞネパール人

 

翌日、宿をチェックアウトして安い宿を探す。

 

うろうろしてたら庭の奇麗なサンライズコテージって宿を発見。

値段交渉。1階の部屋を350円にしてもらって交渉成立!

庭も良いが、女主人のキャラクターが良かった。

 

30歳くらいの女の人なんやけど、めちゃ明るい!

無理してるかんじもないし、おそらく素で明るい。

歩いてても鼻歌。目があえば、そっかー!って挨拶してくれる。

 

このそっかー!ってのは値段交渉の時に、ぼくが何かを説明されるたびに

そっかー!と日本語で相づちうってたら、彼女はそっかー!をなんかの挨拶と勘違いして

ぼくと会うたびそっかー!と言うようになった。

 

ただ彼女の持っている雰囲気は周りの人を明るくする…素晴らしい。

 

町を歩いて腹が減ったら適当な店に入ってご飯。

そこでまた店の主人たちと、いつのまにか会話をしている(話かけてくれる)

 

その会話がもっと注文して!などの商売の話でないとこが良い。

今までの国やと、わりとそういう面がちらっとあった。

けどネパール人はあんまり商売にがめつくないなー。

そこがまたいい。

 

ほんでネパール人なんだか優しい。

 

雨が降ると、小さな軒下に5、6人の人が雨宿り。

パニポニョ、パニポニョって言うてたりする。

 

パニポニョってのは雨が降ったって意味で、その光景もかわいいし

見ず知らずの旅人に笑いかけながらパニポニョって素敵すぎる…

 

好きな国=居心地が良いである。

居心地が良いってのは、その国の人を好きになれるかどうかで決まる。

ネパールは13カ国の中で一番居心地良かった。

 

そう思ったら無敵で、なんかあっても前向きに良い解釈ばっかする。

まずい飯に出会っても、よくこれで商売する気になったな〜!と笑えてくる。

無口な商売人に会っても、このシャイめ!と寛容になれる。

 

そんな気持ちでの散歩、楽しくないわけがない。チャイもうまい。

 

この日は日本食を食べて、その食堂で星新一の午後の恐竜って本を借りて

ローソクの灯りで本読み、そして寝る。最高。

 

 

 

 

チベット難民センター

 

ネパールの旅を思い出しながら旅日記を書くと、どうもネパールに対して

懐かしさが込み上げてくる。

 

町を散策していると、ネパールにはでっかい山があるらしいことがわかってきた。

エベレストとアンナプルナ。

 

中国サイドからはエベレストをチョモランマって呼ぶらしい。

ネパールサイドからはエベレスト。

 

山に登ることをトレッキングという。

入国前はトレッキングなんざやらんと思ってたのに

客引きや、旅行者のトレッキング話を聞いてると登りたくなってきた…

 

登るのにガイドやポーターという荷物運びを雇うと

10日で200ドル以上かかる。

 

一人で登れるかの情報を得るために、日本語上手と噂のアティティツアーズという

旅行会社へ!

 

トレッキング初心者でも道ってわかる?

「道ガ分カラナクナッタラ、誰カガ来ルマデソノ場所デ待テバイイ」

 

地球の歩き方には、山にはごく稀に山賊が出るって書いてあるけど大丈夫?

「モシ山賊ニアッタラゲームオーバーネ、モシ遭遇シタラ、アナタカナリ運悪イネ」

 

まぁ心配してもしょうがないか。

アンナプルナ登りたいし。

 

アンナプルナを選んだのは多彩なコースと安さ。

トレッキングコースが1日コースから1ヶ月コースまであるのと

エベレストはふもとまで飛行機で行くのがベターっぽく、それだけで200ドルかかる。

 

アティティツアーズで雑談してると、1人の女の子と男の子が現れた。 

その子たちと小話をして、次の日に一緒に観光することに。

 

翌日、アティティツアーズ前に集合して、

チベット難民センターに行くことに。

 

彼女から話を聞いて行くと、チベット難民とは中国にあるチベット自治区から

ネパールに逃れてきた人のことをいう。

 

チベットは中国とは全く文化が異なるのにも関わらず、中国が資源欲しさ?に

チベットを中国にしたらしい。ウイグル自治区も同じかな?

(無知が恥ずかしい)

 

中国から独立したいチベットが中国に押さえつけられてネパールに逃亡。

何千メートルも山をいくつも超えて。アンナプルナを登ったあとにチベットの

人達がこの山をいくつも超えてきたのかと思うと、ほんま命懸けやなと。

 

チベット難民センターを訪れた3月5日はチベットの人達にとってお正月。

難民センターではお祭り騒ぎ。始めは中まで入れてもらえなかっかけど

彼女が英語で中を見学させてほしいというとオッケーがでた。

普段は観光客が中を見学することもよくあるとのこと。

 

チベットのバター味の米とバター茶をもらう。日本で言うおせち?

ちょっと苦手な味で困ってしまった。。

 

やたらうまいか?って聞いてくる。イエスと言ってしまうと、

おかわりもってくる。バター米はまだ喰える。

しかしバター茶で悶絶。

 

味覚を殺して、なんとかチベットの洗礼をクリア…

チベットは高地やからこういう味付けなんかなー?

 

食後は談笑。正月の祭りは3年ぶりにできたらしい。

中国から圧力をかけられたネパール政府もチベット難民センターの

祭りをここ数年は禁止してたらしい。

 

ソウルオリンピックの時にチベットが独立運動をしてたのは覚えてた。

全世界から注目されるオリンピック中で運動を起こせば世界の人々が

チベットの状況に目を向けてくれるから運動を起こしたとのこと。

けど、話をしてくれたおじちゃんの兄弟はその時に中国政府に殺されたらしい。

 

それでも難民センターの人々は「中国人は悪くない、中国政府が悪い」

と何度も言っていた。

 

自由になりたい、とも言っていた。自分たちは国籍が無いからパスポートも持てない

海外に行きたくても行けないとのことだった。

 

タイトル下の写真の手に持ってるのが、バター味のご飯でございます…

赤い服の人と右端のおっちゃんと終始おしゃべり。

お話ありがとう!

 

モヒカンの人、はじめ怖かったわぁ…彼はダンサー。

狂気のダンシングを見せてもらった。

こっち来て一緒に踊ろうぜと言われたときは相当動揺した。

 

そしてみんな明るい〜チベットの過酷な話をしてる時もギャグを織り交ぜたり。

 お祝いの日にお話ししてくれてありがとうございました!